十二国記
皆さまは現実の地球に住む(だろう)人々が異世界を冒険する物語を読んだことはありますでしょうか? こういったお話はファンタジィの王道的な手法の一つでもあり、そうであるが故に魅力的な物語を作るべき有力な手段でもあります。 そのため今までにさまざまな作家がさまざま手法を用いて、日常的な人物が経験する非日常な様を描くことで物語を紡いでいます。 そして今回紹介する物語もそういった異世界を描いた話です。 では第8回は小野不由美さんの作品である「十二国記」を紹介させていただきます。 もし、こことは違った場所にいきなり怪物に襲われている混乱の中を連れられて、辿りついたとしたら貴方はどうするでしょうか? そしてそこが「十二」の国が存在する神仙や妖魔が実在する不思議な世界だったとしたら。 「十二国記」の最初のエピソードである「月の影 影の海」はそのような話です。 主人公である女子高に通う平凡な高校生であった陽子は「ケイキ」に連れられて、十二国の一つである「巧」国に流れ着きます。 そして異世界であるこの「十二国」(世界の正式名称はない)で蓬莱(日本のこと)からの漂流者たる「海客」として「十二国」の中を妖魔に追われつつも旅をします。 そして「海客」を災厄として見る「巧」国から「王」と「麒麟」が「海客」で、「海客」を扱う術を心得ている国である「雁」(エン)国へと辿りつき・・・(以下自粛)。 ここで「王」と「麒麟」という言葉が出ましたので、この二つの言葉を中心に「十二国」の世界の紹介をできるだけネタばれせずに行いたいと思います。 この世界に国は十二あります。 各国はそれぞれ定まった国土を持ち、左右上下対称の形で各国はその世界に存在しています。 そして一国には「王」と「麒麟」が一人ずつ存在します。 「王」の役目は国を治めること、「麒麟」の役目はその国で生まれたものの中から「王」たる人物を選び出して統治を助けることです。 この世界では「王」は一応不老不死で、統治が順調でさえあれば何十年、何百年もその治世が続くことになります。 ただ、「王」は「麒麟」との誓約によって「王」たりえるのであり、「麒麟」の存在なしには「王」は国を治めることはできません。 要するに「麒麟」が死んだ時には「麒麟」に選ばれた「王」も「王」たる資格を失い、死んでしまうのです。 そのため半分不老不死である、と言っても「王」が永久に自侭な統治を行いことはできません。 王が統治を誤って国を荒らせば「麒麟」は病に罹るのです(「失道」と呼ばれる)。 それでも「王」が統治を正さなければ、「麒麟」は死んでしまいます。 そして新たな「麒麟」が生まれ、成長して新たな「王」を選ぶまでその国に「王」は存在しなくなります。 その間、国は荒れ、妖魔が跳梁することとなります。 また「海客」、「山客」という存在があります。 「海客」は先ほど説明したとおり「蓬莱」(日本)からの漂流者です。 また「山客」は「崑崙」(中国)からの迷い人のことを指します。 それぞれ海、山から「蝕」によってこちらに迷い込みます(詳しくは本文で)。 そのほかに「胎果」という存在があります。 これは本来「十二国」で生まれるはずの人間(麒麟も含む)が「蝕」によってこちらの世界(日本と中国)に流され、そして再び「十二国」に戻ってきた人のことです。 先ほど「雁」の王と麒麟は海客であったと書きましたが、この二人は「胎果」です。 一通り「十二国」の世界の説明をしたところでこの作品の魅力について語らせていただきたいと思います。 「十二国記」は一つの別世界を構築して、そこを舞台として書かれた小説です。 こういったような異世界に迷い込む、という話は「ピーターパン」や「不思議の国のアリス」以後も(それ以前にもそういった作品はあるでしょうが、私が真っ先に思いつい たのはこれでした)絶えることなく作られ続けていますが、「十二国記」はその中でも白眉の評価に値する作品であると私は思っています。 作者は「十二国」という世界をほぼ完全に作り上げています。 そこに大きな矛盾は全然ありませんし、強引な設定もありません。 不思議なことには納得のいく説明や設定が付されてもいます。 そして何よりも強調したいことがあります。 作者である小野さんが設定などに凝る方であるためでしょうが、「十二国」という世界はそれで「完成」しているのです。 そのため、この世界には十分に「余裕」があります。 それは新しいエピソードが次から次に湧いてきても不思議でないくらいの「余裕」です(まぁ、作者にそれを書く余裕はないらしいですが・苦笑)。 世界を構成する要素は計算し尽くされた上での産物ですし、物語上にあるさまざまな伏線もきわめて効果的に作用しています。 そしてこの「十二国記」に登場する人物がまたとても魅力的なのです。 各国の王と麒麟の主従たちだけでなく、それを囲む登場人物たちはその全員が明らかに生きて呼吸をする人物です。 国が滅んでもいいという人物に自分はお前に豊かな国を渡すためだけにいるのだ、と言う国王。 人に何かをさせる前に自分がやらなくちゃいけない、と考えて実際にそれを実行する少女。 自分の中にある醜さを認めた上で、そこからさらに前進できる勁さ(つよさ)を持った人々。 そういった魅力的な人間が集まって「十二国」の世界で懸命に生きているのですから、当然に物語もとても魅力的なのは言うまでもありません。 「十二国記」は講談社X文庫ホワイトハートと講談社文庫から出ております。 二つの文庫から発売されているのは、最初ホワイトハートから出ていたものが、改めて講談社文庫から出し直されたためです。 今のところ出ている作品は10冊(講談社文庫版では9冊)で「月の影 影の海」(上下)、「風の海 迷宮の岸」(ホワイトハートでは上下)、「東の海神(わだつみ) 西の滄海」、「風の万里 黎明の空」(上下)、「図南の翼」、「黄昏の岸 暁の天(そら)」(ホワイトハートでは上下)、「華胥の幽夢」(短編集・今のところ講談社文庫のみ)が発表されています。 また新潮社の新潮文庫から同じ系列にある(登場人物・世界観とも同じ)話として「魔性の子」が発表されています。 ちなみにですが、ホワイトハート版の方は本屋では少し男性には手を出しづらいかもしれませんが、イラストをかの有名な山田章博さんが描いてらっしゃいます(講談社文庫版の方はイラストがありませんが、文に訂正がいくらか加えられています)。 また2001年の9月か10月には「華胥の幽夢」(ハワイトハート版)が、11月には「黄昏の岸 暁の天」に続く新作が発表される予定です。 4、5月の「黄昏の岸 暁の天」の発売までに約5年を費やした、とは思えないくらいに順調なペースですね♪ 何かオチがつくのでは、と勘繰ってしまいたくなるほどです(笑) ちなみに補足ですが、「黄昏の岸 暁の天」以後は講談社文庫で先に発売された後、翌月あたりにホワイトハートで発売されることになっています。 話によると「黄昏の岸 暁の天」の時にはホワイトハートの発売を待っていた人も結構いたらしいとか。 ちなみに二つとも買った、という人が一番多かったらしいです(私を含む・笑) もし、これを読んで興味を抱いたという方がいらっしゃいましたら、是非とも一読をお勧めします。 読了後に貴方を待っているのは「感動」であるに違いありませんから。
(初稿発表日 不明)
(2001.01.09 改訂)
(2001.05.23 改訂)
(2001.07.20 改訂)
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